朝のTwitterでは、違う記事を書きます!と呟いていたのだけれど、急遽変更。

今日書こうと思っていた記事は、明日書く予定です。

 

ネットで有名人だった男性が、セミナー先で刺殺されるという、とても痛ましい事件のニュースを聞きました。

犯人の男性は、面識がない被害者にネット上でバカにされたと思い込み、犯罪に至ったそうです。

私はネット業界には疎いので、犯人はもちろん、被害にあった男性のことも全く知りませんし、経緯についても、ニュースになっている部分しか知りません。

 

ただ、最初に思ったことは、人前でメンツを潰されるとか、恥をかかされるとかは、やった本人が思う以上に相手の心に残るということ。

「こんなの大したことがない!」とか「他の人もやっている!」とか、「いやいや、最初にふっかけてきたのはあっちだ!」とか、色々と言い分はあるのだと思います。

 

でも、どんな言い分があったとしても、相手がどれぐらいダメージを受けているかは、当人しか分からないですよね。

ましてや、たった1回何かの折に言及したことが原因で恨み(それが逆恨みであっても)を買い、命を落としてしまうなんて、これほど不条理なことはありません。

だから、やらないに越したことはないと思っています。

相手から仕掛けてきたんだから、他の人もやっているから・・・は理由にならないんじゃないかな。

 

でね、こういうことって実はインターネットの世界だけじゃなくて、会社の中でも起こっているのでは?と思うので、今日はそのことについて書きますね。

 

笑っているからって、平気なわけじゃない

人前で恥をかかせる

人前で叱りつける

人前でメンツを潰す

 

これは、どれもやってはいけないことだと思っています。

『褒めるのは人前で。叱るのは見えないところで』と教わったことがある人もいるかもしれません。

私は、これはそのとおりだなと思うのです。

 

人前で恥をかかされたり、メンツを潰されたりしても、笑っている人もいますよね。

私も基本的にはそのタイプです。(最近は、イヤだ、不快だと意思表明するけれど)

 

では、私が何とも思っていないのかと言えば、そうではありません。正直に言えば、かなり傷ついています。相手に対して怒りも感じています。

 

でも、それを表に出さないのは、仕事の場で自分の感情を出すのはみっともないと思っているのと、感情を出して、その場の雰囲気を壊すのがイヤだから。

例えば、人前で怒られて恥ずかしい思いをしたとしますよね。それに対して、私が感情的に反応したら、周りにいる人が気まずい思いをしたり、空気が重くなったりしますよね。

それが嫌なのです。だから、笑ってその場が収まるなら、そうした方がいいやと考えるわけです。

 

だけど、何度も言うけれど、傷ついていないわけじゃないんですよ。

もちろん、私と同じように感じる人ばかりでもありません。

 

人前で叱られたり、メンツを潰されたりして、表面はニコニコしているけれど、

 

「どうして自分はこんなにダメなんだろう」

「やっぱり自分は、ダメな人間なんだ」

 

心の中で自分自身を攻め続ける人もいるはずです。

 

いずれにしても、ニコニコしているから平気なように見えているけれど、それは本当に平気なわけではなく、心の中に何重にも蓋をして、さらに鍵をかけてしまっているだけなんですよ。

 

自分はこれぐらいなら平気だから、相手も平気なはず・・なわけがない

こういう話をすると、

 

「でも、自分だったらこれぐらいは大丈夫」

「これぐらいで傷つくなんて弱すぎる」

 

と言う人もいて、確かにそのとおりだなと思うこともあるけれど。

あのね、自分が平気だから相手も平気というのは、傲慢だと思うのよ。ある人にとっては大丈夫なことが、ある人にとっては、ものすごく傷つくことだということもあるし、その逆もある。

 

これは、私が学んでいる『エニアグラム』という性格タイプ論を知れば知るほど感じることなのだけれど、同じ言葉、同じ態度であっても、人によって全く異なる受け取り方をするんですよね。

でも、それを知らなければ、自分は平気でも相手にとってダメージがあることを躊躇なくやってしまう。

 

「自分がされて嫌なことは人にしないように」

「自分がされて嬉しかったことを相手にしてあげる」

 

こうやって教わってきた人も多いと思うけれど、これが大きな間違いだと思うのです。

 

「自分は嫌じゃなくても、相手が嫌だということはしない」

「自分がされて嬉しいことでも、相手が嫌なことはしない」

 

これが正しいんじゃないのかな。そのためには、『自分と相手は違う』ということを認識することが大事なのだと思います。

 

議論は多いにしたら良い。やってはいけないの人格否定と個人攻撃

「人前で恥をかかせてはいけない」、「相手が嫌がることをしてはいけない」

だったら、相手に何も言えないじゃないか・・と思うかもしれませんが、そうではありません。

 

誰かの意見や考えを聞いて、「私はそう思わない」「もっと違う考え方がある」と思うなら、それはハッキリと言うべきだと思います。

 

議論をすることで、アイディアがブラッシュアップされること、新しい気付きが生まれること、自分の間違いに気づくこと、リスクヘッジができること、色々とありますから。

 

誰かの意見を鵜呑みにしてしまうのは、ただの思考停止であり、思考停止したら人も組織も成長しません。

 

だから、議論をするって、すごく大事なことだと思うのです。

議論は「人」をジャッジすることじゃないのよ。あくまでも「意見」「考え方」に対して、私はそう思わないとか、もっと違う考えがあると伝えること。

 

議論:それぞれの考えを述べて論じあうこと。また、その内容

出展:三省堂大辞林

 

でも、興奮してくると、段々と個人攻撃や人格否定になりやすいのです。

 

「だから、お前はダメなんだ!」

「あなたの意見なんて聞いていないわよ!」

「あー、ダメダメ。全然なってない。今までの話聞いてた?」

 

こんなセリフ、言ったり言われたりしたことないですか?

あるいは、誰かが言ったり言われたりしたのを聞いたことがありませんか?

きっと、多くの人が経験しているんじゃないかな。これらは、どれも議論じゃありませんよ。ただの否定であり中傷です。

 

特に元々の関係性が悪いと、議論ではなく相手に対する否定や中傷になりがち。

そして、これが「人前で恥をかかせる」「人前でメンツを潰す」に繋がっていくのです。

 

だから、会社の中で議論がきちんと成り立つためには、議論する相手との関係性はとても大事だと思うのです。

 

人は見える部分が全てではない。見えないところに本音が隠されている

人はどうしても、見える部分で相手を判断しがちです。

仕方ないですよね、そこしか見えていないんだから。

 

でも、実際には氷山と一緒で、見えている部分は、その人のほんの一部分。

その奥に見えない本音や気質が隠されているのです。

 

だから、見えるところだけで判断するのは危険だし、ましてや、自分の価値観だけで相手を見たら、相手のことが分かるはずはありません。

 

  • 自分と相手は違う
  • 自分が良いと思ったことが相手にとって良いこととは限らない
  • 自分が平気でも、相手が平気だとは限らない
  • 人は見えている部分だけが全てではない

 

見えない部分を見ることは難しいからこそ、この基本が大事だと思います。

この記事を読んでいるあなたはどう思いますか?ぜひ、考えてみてくださいね。