
先日、セッションの時にクライアントがこんなことを話してくれたんです。
「ちぐささんが書いていたブログの記事を読んで、『お金を稼ぎたい』って言うことに抵抗があるなって感じたんです」
「稼ぎたくないわけじゃないし、お金が必要なのも分かっているんだけれど、『稼ぎたい』って言うと、何だかガツガツしたイメージがあって」
うん、うん、なるほど。
私は他の国に住んだことがないので、他国がどうなのかは分かりませんが、確かに日本では「お金を稼ぎたい」と堂々というと、何だか胡散臭そうな目で見られることは多いですね。
えっ、そんなに稼ぎたいの?
なんで、お金、お金ってガツガツするの?
お金のことをあからさまに口にするなんて、みっともない
特に女性が「お金」を口にすると、好意的に見られることが少ない気がします。
でも、本当は稼ぎたいですよね?!
「お金を稼ぎたい=恥ずかしい」なら、こんなにお給料が話題になることはない
「お金を稼ぐこと=恥ずかしい」が本音なら、お給料がいくらだろうが、どうでもいいですよね?
周りの人と比べる必要もありません。
でも、現実はどうかと言えば、会社に対する不満で「お給料が安い」というのは定番だし、生涯賃金が高いとか安いとか、そんな話も色んなところで見聞きします。
ということは、本当は「稼げるなら、お金を稼ぎたい」と思っている人が多いってことですよね。
それがどうして「お金を稼ぐこと=恥ずかしい」とか「お金を稼ぐこと=後ろめたい」に変換されちゃうんでしょう。
元々、日本ではお金のことは話題にしない、お金のことは秘めておくものという文化があるのは分かります。
「お金のことは大っぴらにしないこと」が当たり前の中で育っていれば、それが根強く残っているのも当たり前ですね。
私自身、ブログやTwitterでは、意図して「稼ぐ」「稼ぎ続ける」と書きますが、リアルでは相手を選ばずに「稼ぎたい」とは言いません。
相手や場所を選んで話します。
でも、私には日本の文化だけが「稼ぐこと=恥ずかしいこと」になる要因だとは思えないのです。
実は、日本の文化以上に、昨今流行りの「頑張らなくてもいい」「努力しなくてもいい」が関係してくるんじゃないかなと思うのです。
お金を稼ぐための努力や頑張りが恥ずかしい?!
一時期よりも聞かなくなりましたが、「頑張らなくてもいい」「努力しなくてもいい」という言葉、まだまだ根強い人気ですよね。
人は楽をしたい生き物だから、頑張らなくてもいいなら頑張りたくないし、
努力しなくていいなら努力したくないですよね。
何も頑張らず、努力もせず、お金が空から降ってきたり、地面を掘ったらザクザク出てきたりしたら、すごく嬉しい!
でも、現実にはそんな話はないわけで。
どんな仕事をするにせよ、頑張ることも努力することも必要なんですよね。
でも、仕事のために頑張りたくない、お金を稼ぐための努力はしたくない。
その気持ちが「稼ぐこと=恥ずかしいこと」につながっているんじゃないかと思うのです。
そんなに頑張ることや努力することって、いけないことですかね?
お金を稼ぐことは恥ずかしいことじゃない。自分の可能性を広げること
「お金を稼ぎたいということに抵抗がある 」と言っていたクライアントと、なぜ、そう思うか?本当にそうなのか?を掘り下げていったら、最後にこんなことを言っていました。
「もしかしたら、今の会社でお給料が上がる可能性がないから、そう考えるようにしていたのかもしれません」
「今の会社は今の会社でお給料を頂くけれど、自分のスキルを高めて、他でも稼げるようになったらいいんですよね!」
はい、その通り!
会社によっては、なかなかお給料が上がらないことがあります。
でも、自分のスキルを高めることができれば、他で稼ぐことはできますよね。
お金を稼ぐって、「お金」そのものを得ることも大切だけれど、それによって、自分の可能性を広げられる事の方が大切なんじゃないかな。
ネットで色んなことが賄える便利な世の中だけれど、
実際に体験してみること
実際にその場で感じてみること
実際に学びの場に身を置くこと
リアルな体験には敵わないことがたくさんあります。そして、リアルに体験するには、やっぱり「お金」が必要なんです。
私は今、学びたいことがいくつかあって、どうせ学ぶなら、「なんちゃって」じゃなくて「ちゃんとした」ところで学びたいし資格も取りたいと思っています。
が、全部の値段を計算して「・・・・・」となりましたよ。
7桁なんて軽々と超えている(笑)
お金がないから出来ないのであれば、私の可能性を潰していることと一緒なんですよね。
頑張ることも努力することも、自分の可能性を広げるため
お金を稼ぐのも自分の可能性を広げるため
それを「稼ぐこと=恥ずかしいこと」なんて、ちょっと自分自身に対して失礼じゃないかしら?
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