
昨日から突然、1年ほど前に書いた記事がTwitterでリツイートされ、たくさんの方に読んでいただきました。
読まれている記事はこれね。
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なんで急に?と思ったら、キラキラ起業女子に対する注意喚起をしている方が、この記事をリツイートしてくださっているそうです。
ありがとうございます。
その後、久しぶりにキラキラ起業女子界のカリスマブログを読みましたが、さっぱり意味が分かりませんでした(笑)
自分の美しくない本音をオブラートに包もう、いいことを言ってやろうという気持ちが出すぎて、結局意味不明になっているという。
この時点ですでに教えとは違うよね?
本当はこの記事を書くか悩んだのですが、キラキラ起業女子界になんとなく違和感を覚えながらも抜けられずにいる人もいるのかなと思い、ちょっと書いてみることにしました。
そもそも「教え」は間違ってない
「教え」という言葉はどうかと思いましたが、他によい表現が思い浮かばなかったので、このままで。
多くのキラキラ起業女子やそれに準ずる人たちが唱えていることそのものは、間違っていないと思うのです。
だって彼女たちが言っていることは、彼女たちのオリジナルでもなんでもなく、「7つの習慣」や「道は開ける」など、自己啓発の大元とも言える本からの焼き直しだから。
私は設定変更の教祖さまが提唱している、設定変更そのものは良いと思っているのです。「今の自分の状況をつまびらかにする→それはなぜ?他の見方、捉え方はできない?と考える→だったらどうすると行動を決める」
私のコンサルでもそう伝えます。— 古賀ちぐさ@女性管理職専門ワークスタイルコンサルタント (@LibertyWoman2) May 23, 2019
このツイートでも少し書きましたが、今の自分の状態を「よし」とはしていない、あるいは今の現状を変えたいと思っているのであれば
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- 現状がどうなのか、今の自分の状況をつまびらかにする
- それはなぜ?を考える
- その時に自分がどんな感情を持つのか、その感情はどこからくるのかを考える
- もし他の捉え方や見方があるとしたら、どんな捉え方や見方があるか考える
- 2〜4を踏まえ、自分自身がどんな行動を取るのか決める
というステップを踏んでいくとよいです。
私のキャリアコンサルを受けているクライアントは、毎月、しつこいぐらいに私にこれを問いかけられています。
「ねぇ、どうしてそう思うの?」
「うん、それってなんでそう考えたんだろう?」
「他の捉え方ってなかった?」
「そっか。で、次からどうする?」
これを繰り返すと、自分自身でこれらを問いかけて答えを出せるようになってきます。
おそらくこれが「設定変更」なんだと思うのです。
このこと自体はとっても大切なこと。
なぜなら今の自分を作り上げているのは、大なり小なり、過去の自分の選択の結果です。
今とは違う道を進みたいのであれば、今までとは違う選択をしなければいけないですよね。
でも「違う選択をしろ」といきなり言われても、多くの人は「わかってはいるけれど、できない」と思うわけです。
それはなぜか?大きくは2つかな。
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- 他の選択肢が咄嗟には思い浮かばない
- 理屈ではわかっているけれど、感情がついていかない
だからいきなり、違う選択を選ぶのではなく、どうしてそうなっているか?を立ち止まって考える必要があるのです。
それが「内省」ね。
内省をしたあとで、「さて、どうしようか」と考えるわけだけど、違う選択肢を選ぶことだけが正解じゃありません。
違う選択肢があるのはわかる。
それを選んだほうが、よさそうだと言うのもわかる。
でも今は、違う選択肢を選ぶのがしんどい、しっくりこない・・のであれば、同じ選択肢を選ぶのでもいいのです。
自分でしっかり「こうすると決めた」と言えればそれでよいと私は思うのです。
だったらキラキラ起業界のカリスマたちが言っていることの何がおかしいのか?
それはすべてが、カリスマたちに都合よく捻じ曲げられていること。
その価格はどんな価値を提供することへの対価なのか?
総じてキラキラ起業女子のサービスは高額です。
そしてやたらと「◯◯認定講師」とやらを発行します。もちろんビックリするぐらいの価格がついています。
高いか安いかは人それぞれの価値観で変わりますから、本来は私があれこれ言う筋のものじゃないとはわかっています。
わかっているけど、言わずにはいられない(笑)
ねぇ、その金額はどんな価値を提供することへの対価なの?
以前のこの記事でも書きましたが、認定講師になったからといって売れるわけではありません。
一般企業への就職を目指した時、履歴書に書ける資格なのか?と聞かれたら、一も二もなく「No」です。
だとするなら、数百万もする金額の対価はなんなのだろう?
本当の自分を取り戻すことができる?
先程も書いたように彼女たちの教えは、完全なるオリジナルじゃありません。
7つの習慣や道は開けるを読んだだけで、できる人も一定数いるはずです。
「私は自分ひとりでは難しい」
そう思う方もいらっしゃいますよね。
でもね数百万も払わなくたって、同じことを伝えてくれる人はいますよ。
よーく考えてみてくださいね。
自分の都合の良い結果を導き出すものじゃない
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- 現状がどうなのか、今の自分の状況をつまびらかにする
- それはなぜ?を考える
- その時に自分がどんな感情を持つのか、その感情はどこからくるのかを考える
- もし他の捉え方や見方があるとしたら、どんな捉え方や見方があるか考える
- 2〜4を踏まえ、自分自身がどんな行動を取るのか決める
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この作業ってね、いつもいつも自分に都合のよい結果が出てくるわけじゃないです。
ましてや、キラキラ起業界のカリスマに都合のよい結果を導き出すためのものでもありません。
ほんとうの自分を見るって時として、すごく苦しいです。
できるなら見たくなかったこともいっぱい出てきます。
それをエイッと見える形にして、「さてどうする?」と考えなければいけないんです。
私のツイートへのコメントにこんな言葉がありました。
私も設定変更自体は否定してないですが、設定変更と言いながら嫌な部分を見ないふりしたり、開き直ったりしてしまう気もします。。
別の方は、こんなふうに書いてくださいました。
認定講師になった人達のブログを読むと、その価値を見出せずに苦しんでる印象なんです。必死に設定変更を繰り返しているような…。
これって見たくない自分に蓋をしてるってことですよね。
多分「設定変更」にすがっている。それがなくなったら自分自身がダメになっちゃうと思っている。
だけどここを明らかにせずに、「どうする?」なんて決めたってダメなんですよ。
だってここに、目指している自分を阻害している要因があるかもしれないのだから。
それをせずにいくらキレイな言葉を並べても、ふんわりとそれらしい文章を書いても、結局何も変わらないですよ。
変わらないのは「決めてないから」だというなら、そのとおり。
でもそれは上澄みをすくいとって「見ているふり」をすることではありません。
どんな自分の感情や結果が出てきても、そのまま受け取ると「決めていない」ということです。
去年の夏、私も「このままじゃダメだ」と思って、自分の深掘りをしましたが、正直1ヶ月ぐらいはしんどかったです。
それでもまだ、自分で見ないふりしているものがあると思っています。
それぐらい本当の自分を深掘りしていく作業は、しんどいです。
自分が弱っている時にはできません。
自分をえぐることだとわかっているから。
講師はそのことをどれぐらい伝えているんだろう?
受講している人は、どれぐらいわかっているんだろう?
そう思うのです。
まずはなぜ、その講座を受けようと思ったか?をとことん深掘りするところから
ちょっと長くなりましたが、まずは「どうして数百万も払ってその講座を受けようと思ったのか?」をこれ以上ないというぐらい考えてみて。
講師が格好良く見えたから?
自分も楽して稼げると思ったから?
一発逆転を狙いたかったから?
憧れのあの人に会いたかったから?
見返してやりたい人がいるから?
カリスマたちが綴るキレイごとのふんわりした言葉じゃなくて、生々しい自分自身の言葉で考えてみてください。
そして「それは本当にそうなのか?」「他の選択肢はないのか?」「仮に想定どおりにいかなくても、その結果を引き受ける覚悟はあるのか?」を考えてください。
もちろんこれも、きれいごとじゃなくてね。
それでも、その数百万に価値があると思うなら、それはもう個人の自由です。
借金しようが貯金を解約しようが、他人がとやかく言うことではありません。
どんなにお金を払ってもあなたが変わらないのは、学びが足りないからじゃありません。
ましてや認定講座を途中でやめたからでもありません。
「うすうす気づいている違和感を見ないふりしているから」
です。見たつもりじゃダメなんですよ。
もしも何となく、このままじゃいけないと感じているけれど、踏ん切りがつかないと思うなら、どうぞ私に会いにいらしてください。
一刀両断しますから(笑)