最近特に思うのですが、なぜ、キラキラ起業女子は、ママ「でも」できるとか主婦「でも」できるとか言うんだろう。

私は、あの「〜でも出来る」という言い方がとても嫌いです。

主婦やママをターゲットにしているから、こういうキャッチコピーになるのだと思うのですが、相手を下に見ている感じがプンプン臭うのです。

何か明確な根拠があったわけではなく、私が「感じた」ことだったのですが、「私もそう思う!」というご意見をいただきました。

そうだよね。嫌だよね。

 

相手を下に見ている感じがするのがイヤだというのは感じていたけれど、どうしてここまで「嫌い」だと思うのかを考えていたら、服部さん(@FACTDEAL)がこんな風に教えてくださいました。

そうだ!私の感じていた気持ち悪さはここだと思いましたよ。

 

主婦「でも」できる、ママ「でも」できると言う人って、普通の主婦でママだった私「でも」できたんだから、あなたにもできるよ

 

と言うんですね。一番多いのが主婦やママ向けなので、こう書いていますが、もちろんOL向けバージョンもあります。キャッチコピーでは、「ダメだった自分」を思い切り匂わせているけれど、実際にはそう思っていないんですよね。

 

もちろん、「自分をダメだと思わなければいけない」ということではありません。むしろその逆なのですが、どうしてキラキラ起業女子の言葉からは、相手を「下に見ている」感じを受けるのでしょうか?

 

単に使う「言葉」の問題なのでしょうか。

私は、それもちょっと違うように感じています。

 

同じ、主婦「でも」できる、ママ「でも」できるであっても、相手目線があれば、受け取り方は違う

例えば、「主婦だから何もできない」とか「ママだからビジネスは無理」と言う人がいたとしますよね。

その人に対して

 

「何言ってるの!主婦でもできることはたくさんあるよ」

「諦める必要なんてないよ!ママでもビジネスを成功させている人はたくさんいるよ」

 

と言ったとしたらどうでしょう?

相手を下に見ている感じが、薄れているような感じがしませんか?

 

これは、相手に焦点を当てているからだと思うのです。

相手を励まそう、力づけよう、相手の可能性を引き出そうと言う気持ちがあるから、「〜でも」という言葉を使っていたとしても、受け取り方が違うんじゃないのかな。

 

でも、キラキラ起業女子の唱える『ママ「でも」できる』とか『主婦「でも」できる』という言葉の中には、クライアントを育てよう、クライアントの可能性を引き出そうという思いがどこにも見えないのです。

 

とりあえず、自分の商品を買わせればOKというのが透けて見えるんですよね。

 

「ダメだった自分」を匂わせるけど、実際にはそう思っていない

相手に焦点を当てていたら、同じ「〜でも」という言葉を使っていたとしても、受け取り方が違うのでは?と書きました。

 

実はキラキラ起業女子たちも、ブログやFacebookを見ると表面上では、一見、相手に焦点を合わせた「風」のことを言っています。

でも、感じ方が全然違うのはなぜでしょう。

 

専業主婦だった方やお子さんを育てている方が、ビジネスで成功することは珍しくないし、

会社員としては、なかなか成果を出せなかったけれど、フリーランスになって輝く人もたくさんいます。

 

だから、「できた!」と言うのは、大いにありだし、「専業主婦だから、ママだからと諦めることなんてないんだよ」「会社員として成果がでなくても、働き方を変えたら輝ける可能性がある」と伝えるのは、大事なことだと思うのです。

 

でも、それを素直に伝えずに、私「でも」なんて言い方をするのが、モヤモヤするのよね。

率直に言えば良いだけじゃない!

 

私はこれだけ努力してきた。

家事や子育てで、まとまった時間を取ることは難しかったけれど、細切れの時間であっても、毎日◯時間は自分のビジネスに時間に費やした。

 

組織にいたときは自分の力を発揮できなかったけれど、××をやりたかったので、仕事が終わったあと、夜中まで××に没頭した。

だから、今、フリーランスとして稼げている。

 

こっちの方が、ずっと正直だし気持ち良いでしょ?

そして、そういう人が「主婦でもできるんだよ」「ママでもできるんだよ」「派遣OLからでもできるんだよ」と言ったら、「あぁ、そうか!」と思うし、そういう人から学びたいと思いませんか?

 

でね、こうやって言うと本気の人しか残らないのですよ。誰でも出来るわけではないし、簡単にできることでもない。

 

主婦だろうが、ママだろうが、派遣OLだろうが、使える時間が少なかろうが、今の自分ができることをやらなければいけないし、捨てなければいけないこともあるからね。

何も捨てず何も犠牲にせず、自分に都合の良いものだけ得ることは出来ません。

 

でも、本気の人が増えれば増えるほど、情報弱者を相手にしたい人たちは困ってしまう。

なぜなら、本気の人を相手にするには、自分自身もサービスも、どんどんバージョンアップしていかなければいけないけれど、そこまでのクオリティを提供できないから。

 

だから、必死で『ダメだった自分』を匂わせるのではないかと思うのです。

完全に自分目線ですよね。相手のことは、全く考えていません。

 

これが、キラキラ起業女子たちが、一見相手のことを考えている「風」なことを言っているのに、感じ方が全然違う理由ではないのかな。

 

本当は「〜でも」ではなくて、「〜だからこそ」

「〜でも」という言い方が悪いのではなく、その裏にある思いが透けて見えるからこその「気持ち悪さ」なのですが、私は、「〜でも」ではなくて、やっぱり違う言い方をしたいなと思うのです。

 

それが、「〜だからこそ」です。

 

主婦だからこそ

子育てしているママだからこそ、

OLでうまくいかなかったからこそ、

私だからこそ。

 

こっちの方が前向きな感じを受けませんか?私は、この言葉をよく使います。

今日も面談の際にこの言葉を使って、相手に喜ばれました。

 

もし、今「〜でも」というキャッチコピーを使ったサービスを受けようと思っている人がいるなら、もう1回考えてみて。

 

その「〜でも」はあなた目線で語られている「〜でも」ですか?

それとも、サービス提供者目線で使われている「〜でも」ですか?

 

いったい、どちらの「〜でも」でしょうか。