【第2回】私の大きな武器は気持ち。誰よりも大きな夢が私にはある(前篇)

今年も「等身大で働く女性インタビュー」は続けていこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

 

第2回目は、私が10年以上通っているネイルサロン『f’bloom』のオーナーネイリストであるHanaさんにインタビューさせていただきました。

1回目もそうだったのですが、話が盛り上がりすぎて1回ではまとめきれないため、今回も前後編の2回に分けてお届けします。

★今回、記事内で使っている写真は、Hanaさんの許可をいただき『f’bloom』よりお借りしています。

最初からネイリストになりたいわけじゃなく、ただ手に職をつけたかった

Hanaさん(40代)

OLからネイルサロンオーナーに転身して14年目。一児の母。

 

─Hanaさんは最初からネイリストになりたかったんですか?

いや、全然(笑)

手に職をつけたいなとは思ったけれど、ネイリストになりたい!とは思ってなかったんですよ。最初はトリマーと迷ったぐらいです。

だから、最初から「ネイリストに憧れて」とか「私にもできるかなと思って」と言えるのって、すごいなって思うんです。

 

─最初は何をしていたんですか?

最初は大手ハウスメーカーで、人事の仕事をしていました。採用がメインで最後は教育や人権問題なども。

私、インテリアコーディネーターになりたかったんですよね。

だから、大学の4年間はそのためだけに勉強してきたし、就職活動も住宅メーカーやインテリアメーカーに絞って行いました。

 

本当は、行きたいなと思っていた会社があって、そこから内定もいただいたんですけど・・・

内定者懇親会に行ったら「何かが違う」と(笑)

で、内定を断ってしまったんです。それで、両親の勧めもあり、最初に入社した会社に決めたんですけど、正直なところ、最後まで入社は迷っていました。

 

インテリアコーディネーターになりたかったこともあり、住宅展示場への配属を希望していたのに、なぜか人事配属!「なんで???」と思いましたよ。

それに私は、人前で話すのが苦手なのに、最初に与えられた仕事が会社説明会の司会進行。

 

「みなさん、こんにちは!」のひとことが言えなくて、苦労したのを覚えています。

 

─大企業の人事って憧れる人も多いけれど、そのまま働き続けようとは思わなかったんですか?

業界が業界だけに当時は、退職者がすごく多かったんです。

「あなたを信じて入社したのに、思っていたのと違った」と言われるのがすごくストレスで・・・

だって、私は会社のPRをしていただけですよ。イメージマスコットでも何でもないし、私を見て入社を決めたと言われてもしっくり来なくて。

 

これが本当にやりたい仕事なの?と考えたらそうではないし、誰でもできる仕事なんだと思ったんです。

大企業だから人はたくさんいるし(笑)

だったら、自分にしかできない仕事。手に職をつけたい!と思ったんですよね。今、思えば子供っぽいなと感じるけれど、当時は本気でそう思っていました。

 

─インテリアコーディネーターの夢は諦めたんですか?

もちろん、考えました。「うちでインテリアコーディネーターになればいいじゃない」とも言われました。

でも、その時はとにかく会社を辞めたかった(笑)

右も左も分からない私を育ててくれた会社には感謝していたから、インテリアコーディネーターになるのに他の会社に行くのは違うなと思って・・

だから、業界から離れて全く違うことをしようと決めたんです。

「ネイリストなんか、食っていけない」という言葉に
「絶対食ってやる!」と心に誓った

─それでトリマーかネイリストになろうと思ったわけですね。最終的にネイリストを選んだのはなぜですか?

「最初に見に行ったスクールがネイリスト養成スクールだったから」です。

本当はネイルもトリマーも、スクールをいくつか見学する予定だったんです。でも、最初の見学で決めちゃったんです。

理由を聞かれても、未だによくわからないんです。

ただ、男の先生だったのですが、それがすごく珍しいなぁと思ったのが、理由といえば理由かも(笑)

 

─ネイリストの勉強は楽しかったですか?

働きながらスクールに通っていたので、すごく大変でした。

会社の仕事も忙しかったし、自分が即戦力として働かなければいけないことも分かっていたので、途中で通えなくなり、1年半ぐらい休学しているんです。

ある時、「このままではスクールも卒業できないし、ネイリストにもなれない。どうしよう」って思ったことがあって。

その時、ふっと「あぁ、会社を辞めればいいんだ」って思ったんですよね。そうしたら急に気が楽になって、勉強に集中できるようになりました。

 

─それからすぐ、会社を辞めたんですか?

いいえ。スクール卒業の目処がつくまでは会社で仕事をしていました。

当時はスカルプチュア(自爪に特殊のアクリルの樹脂で長さを出す技法)全盛期だったので、長いスカルプをつけながら、カチャカチャ音をたててキーボードを叩いていました(笑)

いざ、会社を辞めると決まったときは、誰も賛成してくれなかったですね。

 

─あぁ、大企業に勤務していたなら、余計に反対されそうですよね。

反対というか、皆、「へっ?」みたいな感じで(笑)

最後の挨拶のときに「ネイリストになるので退職します」と言ったら、来ていた人がポカーンとしてましたよ。

全然理解できなかったんでしょうね。

当時の上司からは「お前、ネイリストなんて絶対に食えないぞ!」と言われました。それを聞いて、「だったら絶対に食えるようになってやる!」と思ったことを今でも覚えています。

 

─Hanaさんらしい(笑)会社を辞めたとき、ネイリストとしての仕事は決まっていたんですか?

実は決まっていなかったんです。なのに辞めちゃった(笑)

26歳〜27歳だったから無謀なことが出来たんだと思います。それにネイルが面白いと思い始めていたんです。

 

─どんなところが面白かったんですか?

上手にやれば褒められるし、下手だとクレームがくる。自分のやったことがダイレクトに評価につながるのが、すごく面白かった。

これは大企業で仕事をしていたら味わえなかったなって。

 

私の姉が当時、すごく有名なネイルサロンに通っていたんです。その姉に練習に付き合ってもらったところ、

「プロのネイリストはそんなやり方はしない!」とクレームを言われて。

正直、「もう2度とネイルしてあげない」とも思ったんですけど、いやいや、私が望んだ世界はこういう世界だったんだなと。自分が2度とクレームを言われないように練習をすればいいと思って、一生懸命、技術を身に着けました。

それでネイルサロンに就職したんですけど、かなり厳しかったです。

自分が可哀想でネイリストを辞めようと思った

─どんなところが特に厳しかったんでしょうか?

昔は成果主義のサロンが多かったんです。

資格を取るために技術を教えてもらっているときは、仕事の成果を出せていないのだから無給が当たり前。

だから、フルタイムで働いても、アルバイト程度のお給料しかもらえませんでした。

 

もちろん、最初に説明されて納得してはいたけれど、実際問題、生活はすごく厳しくて。

器用じゃなかったから練習してもなかなか上達しないし。生活は苦しい、ネイルはうまくならない。それで心が折れて「ネイリストをやめようかな」とも思いました。

自分が可哀想になってしまったんです。

 

─なるほど。もしかしたら、今、こうやってインタビューできていなかったかもしれないんですね。では、その辛さをどうやって乗り越えたんですか?

このまま辞めたら何も残らない。だから1年は続けて、その後はネイル業界の色んな仕事をしてみようと思ったんです。

出張ネイリスト、ボランティア、ネイル講師など何でもやりました。

生活が苦しかったので派遣でOLとしても働いていましたね。

 

そんなとき、山中湖でのリゾートネイルの仕事を見つけたんです。

週に3日はOLとして働き、残りの4日を山中湖でネイリストとして働くという生活を2ヶ月ぐらい続けました。

その生活が終わり、いよいよ自分はどうやっていこう?と考えたとき、サロンオーナーとしての私を決定づける出来事が起こったんです。

お店をやらないんだったら、家から出ていきなさい!

─何が起こったのか気になります(笑)

母がビル貸しをしているのですが、「あの部屋が空いたから、あなたネイルサロンをやりなさい」って突然言われたんです。

私自身は自分探しをしているつもりだったけれど、母から見たら、大企業を辞めてネイリストになると言ったのに、それすらきちんと出来ていなくて、ただフラフラしているように見えたんでしょうね。

 

えっ、いきなり何?と思ったし、あんなところでネイルサロンができるわけがないとも思いました。

だから、「やりたくない」と断ったんです。

 

そうしたら、母が「店をやらないなら、家から出ていきなさい」って(笑)

それで・・・

 

ネイリストとして、なかなか自分の道を見つけられずにいたHanaさんに、お母様が放った鋭いひとこと。

この後、Hanaさんがどうやって都内に3店舗を持つオーナーになっていったのかは、後編でお届けします!

 

Hanaさんがオーナーをするネイルサロンf’bloomの詳細はこちらをご覧ください。

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