「自分が正しい。あの人が間違っている!」

「こういう考えかたはおかしい!そんな考えかただから、うまくいかないんだ!」

 

こんな風にあなたの考えかたや意見を誰かに押し付けたりしていませんか?

特に自分自身を上、相手を下に見ていると、「私があなたを正しい方向へ導いてあげよう」的な『小さな親切大きなお世話』をやってしまうんですよね。

 

いやいや、自分を上だなんて思っていません

 

そう言うかもしれないけれど、それはどうかなーー

自分の方が年上だから、自分の方が先輩だから、自分の方がよく知っているから・・って思っていませんか?

 

これが危険なんですよ。

その後ろに付くのは、「だから私が教えてあげなくちゃ」「だから、私の方が正しい」だったりするからね。

 

でも、正しさの主張には何の意味もありません。

そもそも、「正しい」って、誰が決めた正しさなんでしょうね。

 

立場や状況で正しさは変わる。「絶対的な正しさ」はない

 

そもそも、正しさって立場や状況で変わります。

 

先日、『マツコの知らない世界』にX JAPANのYOSHIKIさんが出演されましたが、何と22年間もアルバムを出していないんですって。

 

“すぐに消費される音楽よりも、時間がかかったとしても100年先にも聞いてもらえる音楽を作りたい”

 

これが理由なんだそうです。

YOSHIKIさんの立場は「100年先にも聞いてもらえる音楽を作ること」が正しい。

でも、22年もアルバムの発売を待っているファンの中には、「いやいや、100年先に残る音楽よりも、今のファンに音楽を届けてよ。それがプロでしょ」と思う人もいる。その人にとっては、それが正しい

 

じゃ、この話ってYOSHIKIさんとファンの人、どっちが正しいの?

 

どっちが正しくて、どっちが間違っているってないでしょ?

 

YOSHIKIさんの言うことも分かるし、ファンの気持ちも分かる。

 

ちょっと極端な例をあげてしまったけれど、これは仕事でも一緒。

部下の立場で考えると正しいことが、上司の立場に立つと正しくないこともある。もちろんその逆もね。

 

絶対的な正しさなんてありません。

だから、正しさを主張することには、何の意味もないですよ。

 

相手の逃げ道を塞ぐような批判は逆効果

 

正しさの主張は何の意味もないけれど、

 

「私は、その意見には共感できない」

「私は、そうではなくて、こう考える」

 

自分の意見を伝えることは、大事なことだと思います。

絶対的な正義がないということは、誰かひとりの考えかたが、いついかなる時も、絶対に正しいということはないってことです。

 

上司だから正しい

先輩だから正しい

コンサルだから正しい

 

そんなことは全くありません。

上司だって先輩だってコンサルだって、間違うことはあるし、気付かないこともたくさんあります。

 

「私はこう思う」と伝え合わないと、知らず知らずのうちに、おかしな方向へ進んでしまうこともあります。

 

だから、「私はこう思う」は積極的に伝えてほしい。

ただ、相手の意見に対して自分の意見を言う時は、絶対に相手の逃げ道を塞いじゃダメです。

 

時々、相手を論破しようと、あの手この手で相手を袋小路に追い詰める人がいるけれど、それは逆効果にしかなりません。

 

自分の意見を伝えるって、相手を論破することじゃないから。

言葉のとおり、ただ「伝える」だけです。

 

論破しようとして、相手を追い詰めると、相手は素直には聞いてくれません。

人は自分が攻撃されたと感じると、自分の身を守るために防御するか、攻撃に転じるかどちらか。

 

相手が攻撃に転じれば、それは意見の交換ではなく、単なる言い争い。

相手が防御すれば、聞く耳を持たないばかりか、かたくなになるだけ。

 

どっちにしてもお互いに何のメリットもないですよね。

 

正しさを主張したがるのは、相手のためじゃなくて自分のため

 

正しさを主張したがる人って、

 

「あなたのためを思って」

 

という言葉をよく使います。いやいや、それこそ大きなお世話。

しかも、絶対に「あなたのため」じゃありません。自分のためです。

 

正しいことを言っている自分を認めて欲しい

間違っている人を正している自分はすごい

 

そんな気持ちが隠れているはず。

でも、それを自分で認めるのはイヤなので、「あなたのため」という枕詞をつけて、あたかも「良いことをしている」かのように振る舞うのです。

 

本当に相手のことを思う人は、自分の考えを押し付けたり、正しさを主張したりもしないし、「あなたのために」とも言いません。

 

だいぶ偉そうなことを書きましたが、私もずーっと「正しさを主張したい」人間でした。自分が優位に立ちたかったんですよね。

 

どうしてそうだったのかな?と考えると、やっぱり行き着く先は『こじらせた承認欲求』だったのです。

ほんと、承認欲求をこじらせると厄介だわ。

 

自分の正しさを主張することで、承認欲求を満たそうとするのはやめましょう。他人を巻き込むのは、迷惑以外の何者でもないから。

 

承認欲求そのものは、行動するための原動力になるから、悪いものではないけれど、こじらせている人は、そこから早く抜けてくださいね。

 

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