他人の言葉に反応して自分を責めたくなる時は…

Twitterは私にとってコミュニケーションの場であり、私自身を知ってもらうための発信の場でもあります。

 

でも「あなたらしく働くためにも『ヒヤリ・ハット』には敏感であれ」にも書きましたが、私は気分が落ち込むとTwitterを見るのがしんどくなります。

あなたらしく働くためにも「ヒヤリ・ハット」には敏感であれ

 

私に言っているわけじゃないとわかっているけれど…

「私にとっては○○が当たり前。できていないのが信じられない」とか「あなたが○○できないのは、あなた自身の問題。人のせいにするな」「〜すべき」とか書いてあるのを見ると、

 

えっ?あなたに何がわかるの?

そんなに責めなくてもいいじゃない…

何で他人のあなたに、そんな風に偉そうに言われなきゃいけないの?

 

と頭の中に色々思い浮かぶわけです。

私に言っているわけじゃない…ということは重々承知なので、単なる八つ当たりです。

 

私自身の調子がいいときは、「なるほどなー、確かにそうだよな」と思えるのだけれど、気持ちが落ちている時はダメですね。

他人のツイートを通して自分自身を責めている

それは私自身が「できていない私。そんなの信じられない」とか「私自身の問題を人のせいにするな」「〜すべき」と思っているから。

 

調子のいい時は、責める自分が隠れている。

あるいは勢力が弱いいから、「確かにそうだよな」と思うけれど、調子が悪い時は、責める自分がニョキニョキと出てくるし、一大勢力になって襲いかかってくる。

 

他人のツイートを通して、自分自身を責めているんですね。

自分の不甲斐なさは、自分が一番知っている

きっと私のように感じる人もいるからかな?

「ちぐささんは、『別にリーダーなんてグイグイ引っ張らなくてもいいよ』『リーダーだって迷って当たり前』『私だってこんな失敗をした』など、力を抜いていいんだと思えるようなツイートも多いから嬉しい」と言われることがあります。

 

女性リーダーとにふさわしい振る舞いをしたいと思っていても、空回りしてしまったり、思う通りにならなかったりして、しんどい思いをしている人も多いですよね。

自分の不甲斐なさは自分が一番よくわかってる。

 

だから不甲斐なさをズバリと疲れるような発信を読むと、つい自分を守りたくなるんですよね。

 

常にストイックで自分に厳しくいられたら素晴らしいことだけれど、そうできない時があって当たり前だと私は思います。

そこで「どうせ…」と自分を責め始めると、「女性リーダーの皆さま、最近「象化」していませんか?」に書いたように、能力はあるのに力を発揮できなくなります。

 

私は「どうせ…」と責めるより、自分を甘やかす時がある方がずっといいと考えています。

女性リーダーの皆さま、最近「象化」していませんか?

まずは反応してしまう自分に気付くこと

ツイートなど誰かの言葉に反応して、落ち込んだりイライラしたりしてしまうなら、まずは反応してしまう自分に気付くこと。

 

そこに「よい」「悪い」の判断はいりません。

ただ反応してしまうということに気づくだけ。

 

そしてどんな言葉や人に反応してしまうのか、観察するといいと思います。

特定の「言葉」に反応してしまうこともあれば、特定の「人」に反応してしまうこともあります。

 

ここでも大切なのは、気づくだけでいいということ。

無理して克服しようとする必要はありません。

もちろん責める必要も、「いい」「悪い」を判断する必要もありません。

 

「あー、そこに反応するんだー」で、まずはOKです。

 

役職が上がれば上がるほど、期待も大きくなるし、周りの目も厳しくなります。

今までは仕方ないねで済んだことが、済まないこともたくさんあります。

自分に厳しくあることは大切です。

 

だけどたまには力を抜いて自分を甘やかしましょ。

甘やかしたあと、自分の気持ちが浮上してきたら、また頑張ったらいいと思いますよ。

 

ほら一休さんも言ってたでしょ?

「慌てない、慌てない。ひと休み、ひと休み」

 

PS.

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