誰よりも「嘘つき」で「格好悪くて」「ダサい」と思ってるのは自分自身

昨日、noteに「その行動がうまくいかないのは、「間違っていた」「無駄だった」と認めないから」という記事を書きました。

 

うまくいかない期間が長いほど、「これまで頑張ってきたから」「このために○◯を犠牲にしてきたから」と諦めがつかず、ますますドツボにハマっていくことが多いのです。

 

以前、こちらのブログでも「10,000回やってダメなら10,001回目も多分、ダメだよ」という記事を書いたけれど、何度やってもダメな時って、うすうす自分でも「ダメかな」と思っていたりするんですよね。

10,000回やってダメなら10,001回目も多分、ダメだよ

 

だけど踏ん切りがつかずに続けてしまう。

他人事のように書いていますが、今、まさに私がその状態で。

どうしてスパッと方向転換できないのかな?と考えると、もちろん「これまで頑張ってきたんだから、もうちょっとやったらうまくいくに違いない」「こんなに時間を費やしたのに、諦められない」という思いもあるのですが、それ以上に私の頭によぎるのは….

 

「周りの人から格好悪いって言われるのがイヤだから」

 

おお、とうとう自分で言っちゃいましたよ。

この発言がすでに格好悪いのですが、ここから始めないと前には進めないなと思ったので、勇気を持って発言します。

 

私のセッションで「周りの人から格好悪いって思われるのがイヤ」と言ったら、確実に私から「周りの人って具体的に誰?」とツッコミが入るので、私も自分で自分にツッコミを入れてみます。

Twitterのフォロワーさんに「嘘つき」と思われるのがイヤだった

私にとっての周りの人….

 

パッと頭に思い浮かんだのは、Twitterで繋がっている人たちのこと。

なんとなく「あんな風にツイートしてたのに嘘つき」とか「うわっ、格好悪い、ダサい」とか言われるんじゃないかと、勝手に思っている。

 

そもそもツイートなんて、あっという間に流れていくものだし、私のたった140文字のつぶやきを後生大事に覚えている人なんていない…ということが理屈で分かっても、近しい仕事の人が多いところで、「嘘つき」「格好悪い」「ダサい」と思われることが、すごくイヤだったんだな。

 

例えば自分が自分が逆の立場に立ったらどう?と考えてみた。

私がフォローしている方が、ずっとやってきたことを辞めたり、方向転換したりしても、特段なんとも思わないのに、なんで私気にしてるんだろう?

 

そもそも仮にTwitterのフォロワーさんに「嘘つき」「格好悪い」「ダサい」と思われて、私自身に何か不都合はあるのだろうか?

もしかしたらフォロワーさんは減るかもしれないけれど、SNSでの繋がりであれば、仕方ないことですよね。

私が大切にすべき人は、どう思うだろう?

本来、私が気にすべきなのは、Twitterのフォロワーさんではなく、自分のクライアントさんのこと。

だってお金を払ってサービスを受けてくださっているのだから、クライアントさんが不利益を被ることはしてはいけないと思っている。

 

そして同じぐらい、これまでサービスを受けてくださった方が、「ちぐささんのサービスを受けたことが恥ずかしい」と思うようなことはしない!とも思ってる。

 

私が方向転換したら、クライアントさんやこれまでにサービスを受けてくださった方に不誠実か?と考えると、答えはNoで。

 

さらに言うなら、私の家族や友だちなど大切な人たちはどうだろう?

多分「そうなんだ。そう決めたなら頑張れ」ぐらいの受け止め方しかしない気がする(笑)

 

私が一番、気にしなければいけない人たちに不誠実なことはしないのに、どうして、こんなにグズグズ、ウジウジと考えているのだろう?

 

本当は私、一番何を恐れていて、何を手放したくないと思っているんだろう?

誰よりも「嘘つき」で「格好悪くて」「ダサい」と思ってるのは自分自身

自分がいまだに、これほど「人の目」を気にしているとは、自分でもびっくり。

しかも目の前にいる人ではなく、ある意味不特定多数の人。

 

自分がこれまで作り上げてきた(と言えるほどではないけど)「古賀ちぐさ」という像を壊したくないんだな。

つまらない自己顕示欲(”プライド”という言葉に失礼すぎて、”プライド”とは言いたくない)と承認欲求が邪魔しているのだと思います。

 

そして誰よりも私自身が、方向転換することを「嘘つき」で「格好悪くて」「ダサい」と思っているのです。それを勝手にTwitterのフォロワーさんに投影しているだけ。

 

これ自体が、ものすごーーーーく格好悪いしダサい。

でも仕方ない、これが今の私の現実なのです。

 

先日クライアントさんに、「ちぐささんは、とても強い人だと思ってた」と言われたばかりですが、実際のところ、強い人とは真逆の位置にいるかもしれません。

コンサルタントとして格好良くありたいと思っているけれど…

コンサルタントとして格好良くいたい

いつでも間違うことなく自信満々で、クライアントさんに対しての理想の人でありたい。

 

元々、ものすごい格好つけで努力してるところは見せたくない。水面下では必死に足を動かしていても、涼しい表情をしていたい。

そのくせ、誰よりも人に感謝されたい、愛されたいという思いも持っている。

 

だから理想の自分とは違う自分を「カミングアウト」することは、ものすごく抵抗のあることなのです。

 

でも今回は、カミングアウトしないと先に進めないなぁと感じたのです。

noteの記事にも書いた通り、振り出しに戻って一歩を踏み出すには、何よりも自分自身が認めないとダメだよなと。

まとめ

きっとこれまで一生懸命頑張ってきた人の中には、私と同じようにできなかったことを認められずに、なかなか踏ん切りがつけられない人もいるかもしれません。

 

格好悪いって言われるのイヤよね。

ダサい自分を見るのもイヤよね。

 

でも、誰に格好悪いって言われるのでしょう?

仮に「格好悪い」って言う人がいたとして、その人に言われると大きなダメージや不都合があるのでしょうか?

 

最後に選択の責任を取れるのは自分しかいません。

どんなに周りに格好悪いとかダサいと言われても、言った人たちが責任とってくれるわけじゃないからね。

 

もし「間違っていた」「無駄だった」と認められない方がいたら、私と一緒に思い切って認めましょう。ひとりで抱えきれなければ、相談いただければいつでも話は聞きます!

そして一緒に振り出しに戻って、新しい一歩を踏み出しましょう。

 

PS.

女性リーダーに向けて、職場でズルいぐらい評価されるためのヒントやエッセンスをメールでお届けしています。

ただいまご登録の方に、「メンバーのタイプ別コミュニケーションのヒント」をPDFでプレゼント中。ぜひ下記のボタンをクリックして、メルマガにご登録ください。

 

\ボタンをクリックして、メールマガジンに登録する/

PPS.

『スピリチュアル×現実視点セッション」のお申し込みは、明日よりスタートいたします。

募集期間は5/20(木)〜5/23(日)の4日間のみとなりますので、ご希望の方は明日の20:00より募集をスタートしますので、ぜひお申し込みください。